XIV-32. 19世紀におけるタイ

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1782年以来,バンコクを都とする(チャクリ)朝の統治下にあったタイ(シャム)は,東にフランス領インドシナ連邦,西にイギリスが支配するビルマ,南にイギリスが支配するマレー半島にはさまれた位置にあり,英仏両国の緩衝地帯とされる幸運もあり,東南アジアでは唯一植民地化を免れ,独立を保った。しかし,近代化政策をとった(位1851-68)治下のタイは,治外法権や低関税をイギリスに認める1855年のボーリング(バウリング)条約を始めとする不平等条約の締結を英仏に強制された。次の(位1868-1910)は,行政・司法・軍事の西欧化に努め,治外法権の撤廃にも成功した。
check_icon6タイのもともとの国号はシャムで,1939年に現在のタイ(「自由」の意)に改められた。