XIV-28. カンボジア内戦
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1976年に[ 1. ]を首相として成立した親中派の[ 2. ](民主カンボジア)は農業を中心とする極端に閉鎖的な社会主義建設を強行し,数百万におよぶ国民を大虐殺した。このようななか,ソ連との関係を強化していたベトナムが78年にカンボジアに軍事侵攻し,79年にヘン=サムリン政権を樹立した。これに対し,[ 1 ]派は中華人民共和国(中国)の支援を受けてゲリラ戦を展開し,中国はベトナムを懲罰するとして79年にベトナムに侵攻し,[ 3. ]が起きた。しかし,中国軍は実戦経験に富むベトナム軍に撃退された。82年に[ 1 ]やシハヌークらによる反ベトナム3派連合が成立し,内戦が激化した。ソ連の力が衰退し,冷戦終結宣言が出された89年にベトナム軍はカンボジアから撤退した。91年,内戦停止に向けたカンボジア和平協定(パリ和平協定)が締結され,UNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)が停戦を監視し,選挙を実施した。93年に行われた総選挙で立憲君主政が採択され,シハヌークを国王とするカンボジア王国が復活した。99年,カンボジアは[ 4. ](ASEAN)に加盟した。