XIV-12. 1930年代から第二次大戦中のインド
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1931~32年にかけてイギリスはインドの諸勢力をロンドンに召集して[ 1. ]を開催したが,成果はあがらなかった。35年,[ 2. ]が制定され,州自治は一応認められたが,総督が任命するイギリス人の州知事が大きな権限をもっており,完全独立の要求にはほど遠いものであった。37年,[ 2 ]にもとづく州選挙が行われ,パンジャーブとベンガルを除く州でヒンドゥー教徒主体の[ 3. ]が多数を占めた。このため,ムスリムはヒンドゥー教徒による支配を警戒し,[ 3 ]とムスリムの[ 4. ]との対立が深まった。第二次世界大戦中,民族運動指導者のチャンドラ=ボースは武力による独立を目指し,日本の支援のもとインド国民軍を組織した。一方,[ 3 ]はイギリスに対し全面撤退を求める「インドを立ち去れ」運動を展開したが,[ 4 ]はこの運動に反対し,イギリス側の求めに応じて戦争遂行に協力した。また,[ 4 ]の指導者となった[ 5. ]は1940年に開かれた大会でムスリムとヒンドゥー教徒を異なる民族とする「二民族論」を提唱したが,これはインドと[ 6. ]の分離独立へとつながっていく。